さとりのこさとこのブログ

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映画【ハンナ・アーレント】あらすじ・まとめ 平凡な人間が人間であることを拒絶した時

軍事的な話が増えたように感じる2018年の社会情勢において戦争の現場で任務を遂行していた人の思考がどのように働いて結果、大量虐殺の流れに至ってしまったのか。私自身が知りたいと思い、整理してみることにしました。

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【あらすじ】

アイヒマンの裁判が開かれることを知ったハンナは裁判の傍聴の希望を雑誌社に出し、記者としてエルサレム行くことになった。

 

裁判が始まると野獣アイヒマンを印象付けるための質問やアイヒマンと無関係な証言が続いた。一方アイヒマンは淡々と役所の職員のような淡々としたやり取りだった。

 

想像を絶する残虐行為とアイヒマンの平凡さを同列には語れないことを感じながら、ニューヨークに戻り裁判についての執筆活動を開始。

 

ハンナの記事を掲載すると苦情が雑誌社にきた。理由はユダヤ人をアウシュビッツに大量に搬送したアイヒマンを平凡な人と表現し、アイヒマンを許しているかのような文章に見えたからだ。そのことで大学から教員を降りてほしいと言われてしまう。

 

ハンナは今までの批判に対して講演をすることにした。講演では戦争中のナチ党員は人間であることを拒否し、自発的な行動はなく命令に従っただけ。そのこと世界最大の残虐行為が行われたことを伝えた。ハンナが裁判の取材を通して人々に善悪を区別する能力。考えることで人間が強くなることを望んだ。

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多くのユダヤ人を貨物列車に乗せ、結果アウシュビッツでの大量虐殺に関わったアイヒマンの思考をユダヤ人であるハンナ・アーレントが客観的に物事をとらえようとする冷静さ、知識の深さ、勇気は正直すごいと感じました。

 

狂暴な性格、特別な病気、症状と過程して事件を判断しようとするとその人だけが起こした問題として片付けやすいことになりがちですが、元々持っている性格にプラス、条件・状況・環境が揃うと、とてつもなく大きな事件、戦争で及ぼす影響によって残酷な結果が生まれてしまうこともあります。

 

当時、戦争中の教育によるモラルの破壊、国のトップの方針による目まぐるしい環境の変化、善悪の判断基準の変化、感情・思考の破壊。

 

戦争の時代を生きたアイヒマンは最終的に人間であることを放棄し、多くのユダヤ人を人間ではなく『物質(もの)』として認識し、業務の一貫として機械のように任務を遂行し続けてしまったのだと思われます。

 

このような歴史を繰り返さない為にも、変化の激しい時代に生きる私たち一人ひとりの考える能力を上げること。

 

それがとても重要なことだと同胞から批判されてでもハンナは世界に向けて伝えようとしてくれたのかもしれません。


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